オリラジ中田敦彦…….松本人志批判の裏側がヤバすぎる…….これマジかwwwww

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【芸能】オリラジ中田敦彦が松本人志に仕掛けた情報戦の勝

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1: 2017/06/10(土) 10:59:50.28 ID:CAP_USER9

オリエンタルラジオの中田敦彦が、同じ事務所の先輩芸人である松本人志を公然と批判したとしてちょっとした騒動になっている。

脳科学者の茂木健一郎が自身のツイッターで「日本のお笑い芸人たちは、上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無。後者が支配する地上波テレビはオワコン」(茂木健一郎ツイッター、2017年2月25日より)という書き込みをしたのが事の発端だ。茂木のこのツイートはさまざまなメディアで取り上げられ、松本人志、太田光をはじめとする多くの芸人が違和感を表明。この一件に関連して『ワイドナショー』(フジテレビ系)にゲストとして招かれた茂木は、松本に対して終始低姿勢で、ひたすら反省する態度を示していた。

これに関して、中田は「大御所にセンスがないとか価値を決められてしょげ返っている様子こそが茂木さんの意見通りだったのに」(オリエンタルラジオ中田公式ブログ、2017年4月15日より)と茂木を全面的に擁護した。そして、茂木の言う通り、日本のバラエティ番組ではMCの権限が強いため、ほかの出演者たちはMCに対して気を使わざるをえないのだ、と主張した。その後、中田は『らじらー! サンデー』(NHKラジオ第1)で、この件で所属事務所から「松本さんに謝れ」と謝罪を迫られていると暴露。そして、自分がそれを拒否し続けているということも明かした。この発言がいくつかのネットニュースでも取り上げられ、さまざまな憶測が飛び交う状況となっている。

裏の事実関係は分からないが、私は中田のブログ記事を読んだときに、彼がこういうことを書くのは別に不思議なことではない、と思った。なぜなら、中田は以前からそのような主張をしていたからだ。例えば、『日経エンタテインメント!』(日経BP社)2016年7月号に掲載されたインタビュー記事の中で、中田は「『PERFECT HUMAN』に代表されるような歌ネタが、近年のお笑い界では正統な芸として評価されていない」という趣旨のことを語った。その理由とは、現在のお笑いの価値観を作っている松本人志が、歌ネタに重きを置いていないからだという。松本は90年代と00年代にお笑い界の覇者として君臨し、存在そのものが権威になっていった。今のお笑い界で正統な芸として認められているのは「漫才、コント、大喜利」の3種目。いずれも、松本が得意としていて、松本がその価値基準になっているものばかりだ。実際、松本は漫才の大会である「M-1グランプリ」、コントの大会である「キングオブコント」で審査員を務め、大喜利の大会「IPPONグランプリ」でもチェアマンという地位に就いている。

中田自身も、過去に漫才のネタを作り続け、何度も「M-1グランプリ」に挑んできた。しかし、真剣に取り組んでいるうちに、自分たちには才能がないから勝ち目がない、ということに気付いた。そこで、「歌ネタ」という得意分野を突き詰めていき、現在のお笑いの価値基準とは違うフィールドで勝負するしかない、と考えたのだという。中田がこのような発言をする背景には、明らかに「松本人志の呪縛」がある。中田のように、90年代半ばのダウンタウン全盛期に中高生だったお笑い好きの人間にとって、その権威は絶対的なものだった。松本は、単に面白いものを提供していただけではなく、「これが面白い」という価値観を示していた。それが下の世代に大きな影響を与えたのだ。同時に、その圧倒的な存在感が芸人たちを苦しめることにもなった。漫才、コント、大喜利など、何をやっても松本の手の平の上で踊らされていることになる。そこから脱するためには、松本とは別の価値観を提示して、お笑いの既成概念を覆すしかない。中田は松本そのものを批判したかったわけではなく、松本が「笑いの権威」と化している現状を指摘して、自分がそれとは違うフィールドで戦っていくという覚悟を示しただけなのではないだろうか。

年功序列の意識が強い日本のお笑い界では、後輩芸人は先輩芸人に何があっても逆らってはいけないとされている。だから、こういうことがあると、発言の内容を問わず、業界内では立場が下の者に対して批判的な声が高まることになりやすい。しかし、一方でお笑いには「既存の権威を疑い、権威をあざ笑う」という社会的な役割があるというのも事実だ。いまや松本が一種の権威になっているのだとすれば、それに対して下の世代から批判の目が向けられることもお笑いのあり方としては健全だと言える。

 

2: 2017/06/10(土) 11:00:19.22 ID:CAP_USER9

そもそも、松本自身も、上の世代の芸人とぶつかりながらここまで成り上がってきた歴史がある。松本はまだ無名の若手芸人だった頃、漫才番組に出たときに、自分たちの漫才を大先輩である横山やすしに酷評されたことを根に持っていて、自身のエッセーの中で「殴っといたらよかった」(松本人志著『遺書』朝日新聞社)とまで書いている。そもそも、芸人とはそれぞれが自分の理想とする笑いを突き詰める一国一城の主であり、個人事業主のようなものである。先輩芸人と後輩芸人の関係は、一般企業における「上司と部下」のようなものとは違う。最終的にはそれぞれの実力で勝負が決まる世界であるし、そうあってほしいとも思う。

ただ、今回の件に関して言えば、本当のところ何が起こっているかというのは、当事者の間でしか知りえないことだ。中田はお笑い界でも有数の策略家として知られる人物。彼は自分がラジオでこういう話をすれば、それがネットニュースなどで拡散されるということも想定しているはずだ。そう、これは中田が仕掛けた「情報戦」でもある。彼の中では、何らかの勝算があってあえて仕掛けている可能性が高い。日本のお笑い業界や日本のバラエティ番組というものについて、改めて人々が考えるためのきっかけを提供したという点では、茂木も中田もそれぞれの社会的な役目を果たしたと言えるのではないだろうか。

(文/お笑い評論家・ラリー遠田)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170609-00000093-sasahi-ent&p=3
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