明石家さんまの生い立ち、ヤバい。

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人にはいろんな過去や事情があります。

ですが、この人ほど重い過去がある人は少ないのでは? 今回は、明石家さんまさんの過去、生い立ちをご紹介いたします。

明石家さんま プロフィール

画像出典:by-s.me

明石家 さんま(あかしや さんま、1955年〈昭和30年〉7月1日 – )は、日本のお笑いタレント、司会者、俳優、歌手、ラジオパーソナリティー。 落語家を志して2代目笑福亭松之助門下となったが、師匠命令でお笑いタレントに転向した。 本名は杉本 高文(すぎもと たかふみ)。和歌山県東牟婁郡古座町(現・東牟婁郡串本町)生まれ、奈良県奈良市育ち。 吉本興業所属。奈良県立奈良商業高等学校卒業。

好感度ランキングでは常に上位

JNNデータバンク調べによる好感度タレントの支持率調査では、1987年10月に支持率41.3%、1999年5月に支持率43.1%を記録。 これは同調査において1980年代・1990年代共に第1位の記録。 また、1999年5月の支持率43.1%は、1971年〜1999年においても第1位の記録である。 『日経エンタテインメント!』の「好きな芸人」ランキングでは、初回の2002年から2011年まで10年連続で1位を獲得している。 3年ぶりに復活した2014年のランキングでも1位、2015年も2年連続で1位となり、同ランキング12連覇と圧倒的な人気を得ている。 TBS系列『クイズタレント名鑑』の5000人アンケート「本当に面白いと思う芸人」、「好きな司会者」、「好きな芸能人」の全ての項目で1位を獲得した。

ファンへの対応もとても良いと評判

「芸能界で最も対応のいいタレント」と評されることが多く、二十代のころは、ファンに追いかけ回され、隠れたりすることも多かったが、 IMALUの誕生を機に人に接する気持ちが大きく変わり、マスコミ・ファンをはじめとした一般人および芸能人などへの注文もなるべく受け入れるようになった。 さんまの対応はネット上でも評価されている。

出典:ja.wikipedia.org

こんなさんまさんですが、実は暗い過去が・・・images

新しい母との確執、弟ができた喜び

和歌山県で生を受けたさんまさんは、お兄さんである正樹さんと二人兄弟。 さんまさんが3歳の時に、お母さんが病気で亡くなってしまいます。 そして小学校高学年のとき、お父さんが再婚。 継母には連れ子がおり、歳の離れた弟ができたと、さんまさんは大喜びだったそうです。 しかし新しいお母さんには遠慮もあり、お母さんも実の子どもである弟ばかり可愛がったそうで、新しい親子の間には大きな溝がありました。 新しいお母さんに心を開いてもらおうと、さんまさんは毎日毎日必死で面白いことを考えたそうです。 この経験が、お笑いの道へ進むきっかけになったのだとか。 それでもお母さんとの溝はなかなか埋まらず、兄である正樹さんが語ったところによると、 そのお母さんが隣の部屋で酒を飲みながら「うちの子はこの子(弟)だけや……」って言うのが壁伝いに聞こえてきたんですよ。 二人でよう二段ベッドで泣きましたわ。 このことが原因で、さんまさんはお酒が苦手になり、お酒を飲む女性も苦手になってしまったのだそう。 こんな大変な幼少期に続き、さらに大きな悲劇がさんまさんを襲います。

出典:grapee.jp

弟さんが亡くなる

弟さんが高校生のころ、さんまさんは冠番組を持つほど人気でした。 弟さんは、大阪のさんまさんのマンションにも遊びに来ていたそうですし、 「今度のワールド・カップをふたりで一緒に見に行こう。」 と、決めて話していたそうです。 可愛がっていたようですね。 ところが弟さんは、さんまさんの実家の家事で亡くなってしまいます。 普段テレビ画面に映るさんまからは、まったく伝わってこないですね・・・。

芸能界引退を考えたことも

弟さんを亡くした時、悲しみから立ち直れず、 しばらく舞台に立っても笑いがとれなくなって悩んだ時期があったそうですね。 芸人引退も考えたとか。 でも、その時一緒に舞台に出演していた同期のオール巨人さん。 そんな さんまさんに対して、舞台で・・・ 「お前んち、兄弟焼いたらしいな?」 と突っ込みを入れます。 さんまさんは、すかさず 「そや、材木きれたから代わりに焼いたんや」 と、ボケたそうです。 その後、楽屋に帰ったさんまさんは、 「ありがとう。これで芸人辞めんですむわ」 と、涙ぐみながら感謝したそうです。

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