【生きてるだけで丸儲けの本当の理由】幼くして母と弟を失ったさんまの壮絶人生からくる言葉の意味をご覧ください※画像あり

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      2016/08/05

【本当にいい人!】明石家さんまがどんなことがあっても泣かない理由に涙腺崩壊・・・その衝撃の理由とは。

 

長い間様々な番組で活躍し今では芸能界の大御所の一人になったベテラン人気お笑い芸人の明石家さんま。彼が出演する番組には必ずと言っていいほど笑いが生まれます。そんな明石家さんまがこれまでテレビで涙を流した姿を見たことがありません。実は彼がどんなことがあっても泣かないのにはある理由があったからなのです!!その理由を知ったとき、誰もが涙を流すこととなるでしょう・・・・。

生きてるだけで丸儲け

明石家さんまの座右の銘として有名だ。

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さんまの人生を生い立ちから追ってみると、トンデモナイ壮絶な人生を送ってきたことが判明。

「生きてるだけで丸儲け」の本当の意味が、少し分かったような気がします。

とても感動したエピソードでしたので、今回はそれをご紹介させて頂きます!

 

さんまが泣かない理由

自身が「泣かない理由」を話したネタが、まさかの“美談”として受け取られてしまったことで苦笑いしたエピソード。

さんまがテレビで「涙を見せない」ことをモットーにしていることはよく知られている。

さんまは番組で「なぜ泣かないんですか?」と質問を受けた際、「涙は(村上)ショージのためにとってあんねん」と発言したことで、想定外の展開になってしまったという。

自身はその発言はボケのつもりで、ショージからの「俺の方が先に死ぬのんかい!」というツッコミを期待していたものだったが、その発言が共演者の後輩芸人を泣かせてしまった・・・

 

「涙は(村上)ショージのためにとってあんねん」

それはボケたつもりだったのに、「ホトちゃん(雨上がり決死隊の蛍原徹)が涙ぐんでしもて……」

と、後輩芸人を感動をさせてしまってそうだ。

その場に居たショージも、「そしたら(間)寛平さんが大ヤキモチ焼いてしもて、『俺のは?』言うてましたよ」と暴露した。

 そんな周囲の反応に、さんまは「素通りされるとカッコ悪いねん、ツッコミあると成立するのにな」と語ったという。

「僕は泣かないって決めてますから。(中略)僕の好きだった女性のお母さんが昔、『さんまさんはテレビで泣かないから信用できる』って言ってくれたんです。その時に『ああ、こんな人がいるんなら俺は一生テレビで泣かない』って思ったんです」

だから、良く泣く芸能人との共演が無いわけですね。

(徳光さんとは共演NGとされている。24時間TVを批判したのが理由らしい)

さんまの実母は三歳の時に病死した

さんまが小学校高学年の時に父が再婚し、さんまには年の離れた弟(故人)ができた。

継母には遠慮もしたし反発もあった。

その継母は、隣の部屋で酒を煽りながら「ウチの子はこの子(弟)だけや・・・」って言うのが壁伝いに聞こえてきて、それが本当に嫌だったという。

よく弟との二人、二段ベッドで泣いていたそうだ。

だからさんまは酒を飲む女性が苦手らしい。

 

だが、さんまの継母に対する「飢えた愛」が、お笑いの感覚を研ぎ澄ませていったというから、人生はわからないものだ・・・

 

継母はさんまの事をずっと無視していた

まるでさんまがそこにいないかのように弟にばかり話しかける。

それでもさんまは継母と仲良くしてもらおうと努力していた。

愛に飢えていたのだ。

 

継母に反応してもらいたい。

だから、毎日毎日必死で面白いことを考えたという。

そのうち、学校でもそのノリで暮らすようになり一躍人気者に。

そして、お笑いの道に進むようになったという。

 

弟が19歳の時に焼身自殺した・・・

当時のさんまは冠番組を持つほど人気があった

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さんまは弟の事を”チビ”と呼んでいた。

チビは高校時代、サッカー部のキャプテンでインターハイにも出たし、国体選手にも選ばれたほどの実力の持ち主だったという。

さんまもサッカー好きで有名だが、弟の方が実力が全然上だったと、本人も言っている。

亡くなる前年には、

「今度のワールド・カップをふたりで一緒に見に行こう」と約束しており、後にこう語っている。

「キップはぼくが買っとくからって、約束しとったのに……。まだ納得できません、あのチビが死んだなんて……」

「あいつは自殺するような人間やない。もし自殺するほど苦しんでいたら、ぼくにひとこと相談したはずや・・・」

と泣きながら語ったのだそう。

かわいがっていた弟さんの突然の死。
悲しくないはずがありません。

自分に相談なしに自殺なんてするはずがない。
そう思うのも当然ですよね・・・。

家業を継ぐことに悩んでいた。

そう記事には書かれていますが、真相は不明です。

弟の死により目いっぱい泣いたんでしょうから、前にも触れたように「泣くことを止めた」原因の一つになっているかもしれませんね。

そんなさんまさんは、子供たちに「パパ」ではなく「ボス」と呼ばせています。

その理由は・・・

 

さんまが子供たちに「パパ」ではなく「ボス」と呼ばせている理由

元妻大竹しのぶには、結婚時、連れ子の「ニチカ」がいた。

さんまは継母の事があったから、ニチカの事をとても可愛がり、ボスと呼ばせるのも実子の「イマル」と同等に接したいという気遣いからだという。

家に帰ってくると、イマルよりも先にニチカに触っていたそうだ。

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離婚した今でも大竹しのぶの話をよくするのは、生い立ちの話をしないためのバリアのようなものらしい。

プライベートの話をしているようで絶対にしないと、付き合いの長い浅田美代子が振り返っていた。

 

日本航空123便墜落事故でさんまは死んでいたはずだった

どういう事だろうか?

日本航空JAL123便墜落事故は、1985年8月12日に起きた。

単独機としては世界最悪の犠牲者数を出した航空機墜落事故であり、その数は520名に及ぶ。

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さんまは本来、この便に乗車しているはずだったのだ!!!

 

1985年8月12日に起きた、日本航空JAL123便墜落事故。

※画像クリックでモザイク解除↓

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さんまは当日、東京のフジテレビで「オレたちひょうきん族」の収録後、この便で大阪へ移動し、毎日放送「ヤングタウン」に出演予定であった。

だがたまたま「ひょうきん」の収録が予定よりも早く終わったために、123便をキャンセルし、ひとつ前のANA35便と推測される便で大阪に向かい難を逃れたという。

本来、この墜落便に乗っていたのだ。

さんまは事故当日の生放送のラジオレギュラー番組では言葉を失うほどのショックを受け、番組をこの事故の報道特番に切り替えたというエピソードがある。

さんまはこの事故をきっかけに、新幹線で行ける範疇の場所(東京~大阪の往復など)へは飛行機ではなく新幹線を利用するようになったという。

さんまが本気でお笑いを追及する理由

さんまはお笑い番組は戦場だと言っています。

お母さんに好かれたい。

弟のために頑張りたい。

無念のうちになくなってしまった520名の方々の為に、彼らの分まで精一杯生きたい。

 

明石家さんまさんは、弟さんや家族に関する過去を自分の内に隠し、視聴者を笑わせることに真剣に取り組んでいます。
明石家さんまさんは正に笑いのプロフェッショナルです!
明石家さんまさんにこれから先、もっともっと幸多い人生が待っていることを切に願います。

 

 

 

 

引用元:http://matome-ch.biz/feed/show/feedCode/1518/

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